上海お役立ち情報

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ラスト・コーションと張愛玲(Eileen Chang)

第43回 2011年09月
色戒

 以前、映画「ラスト・コーション」が日本で上映された時、女房を連れて見に行った。1930年・40年代の上海と香港を舞台にした映画だと言われて、興味深々だった。“最後の警告?警戒?”とは何の意味だと、訝しがりながら出かけた。最近の日本映画は、横文字の発音をただ片仮名に直すだけなので、内容がさっぱり分からない。映画館の前に立って、初めて小さく付された英語名が目に入った。”Lust, Caution” 、さあ大変だ。Lust とは、肉欲や情欲を意味する。広告写真にはベッドシーンらしきものも映っている。女房にこんなポルノ映画を見せていいか分からない。訊くと流石に年を取ったとせいか“いいわよ”ときた。折角出かけてそのまま帰るのもしゃくなので、それじゃと見るかと、中に入った。

 あらすじを言うと、1940年代、日本統治下の上海で、愛国的な学生仲間が汪兆銘の傀儡政権の高官・易氏の暗殺を計画する。女学生・王佳芝を香港の貿易商婦人に化けさせ、易とその婦人に近づく。婦人とはマージャン仲間となり、易氏には色仕掛けで取り入る。厳重な警戒と用心深い易も、湯唯の扮する王佳芝の色香に迷わされ、ベッドを共にする。王は男とセックスをした経験がないので、学生たちは逡巡する王を説得して、仲間と事前テストをやったうえで易の所へ送り出したのだ。

色戒

 易は情の深まる王に高価なダイヤの指輪を買い与えることになり、出来あがった指輪を一緒に宝石商まで取りに行く約束をする。そこには暗殺者が待ち構えていた。終に学生仲間が待ちに待った暗殺の瞬間がやって来た。しかし最後の瞬間、王はベッドを共にした易に愛情を感じたか、急に“早くいって”とささやく。危険を察した易は、脱兎のごとく抜け出し、急死に一生をえる。暗殺団一味はすべて逮捕され、王も共に銃殺されてしまう。後には易の王に対する思いが残るという物語だ。

 標的となった易を追って、舞台は上海から香港へ、更に上海へと移り変わる。戦前のレトロな街なみが再現され、初々しく魅惑的な湯唯(タン・ウェイ)と、「赤壁」で“周瑜”役を演じた老練なトニー・レオン(梁朝偉)のぼかしも入れた濃厚なベッドシーンが見ものだった。

張愛玲

 余韻を楽しみながら、最後の監督・俳優紹介のテロップを見ていて、初めてこれが張愛玲の原作「色、戒」と知ったのだ。

 そこで、これは張愛玲自身の経験が色濃く投影した作品だと気がついた。上海に生まれ育った彼女は、ロンドン大学の入試に合格しながら日中戦争のため渡欧できず、やむなく英国流の教育で有名な香港大学に入学する。卒業をあと1年に控えたとき、日本軍の香港占領のため上海に戻らねばならなかった。その後国民党、汪兆銘の高官・胡蘭成と結婚したが、彼は共産中国が成立すると、日本に協力した裏切り者・漢奸として批判され、日本へ脱出し、1981年東京の福生で亡くなった。

 「ラスト・コーション」の原作には実際の事件のモデルがあった。愛国的な日中混血の女子学生・鄭蘋茹による暗殺未遂事件だ。彼女は汪政府の上海特務機関のボス・丁黙頓を暗殺しようと狙ったが果たせず処刑された。失敗の原因は丁自身の用心深さにあったが、「ラスト・コーション」では、王が暗殺相手の易に愛情を感じた結果逃がしたことになっている。原作の名前“色、戒”も、王がおとりに使った指輪(中国語の指戒)に懸けて付けられたに違いない。

張愛玲

 張愛玲は、1920年上海に生まれた。父方の祖父は清朝末期の名臣・張佩綸、祖母は李鴻章の娘だ。正に名門中の名門に生まれたのだ。しかし子供時代、彼女は幸福な家庭生活とはおよそ無縁だった。父親は伝統的な中国の大家族が生み出す軟弱なボンボンで、阿片に溺れていた。母親は夫と合わず、度々洋行を繰り返し、最後は離婚してしまう。継母とも合わない愛玲は、聖マリア女学校の寄宿舎で一人孤独な学校生活を送る。或るとき離婚した生みの母の所に泊まったことで父親の怒りを買い、半年も自宅に軟禁されたことから、父親とも絶縁状態となった。何事にも心を動かさず、常に醒めた目で周囲を眺める彼女の冷たい性格は、こうして育まれた。一切の権威を認めず、タブーを持たず、自分の思い通りに生きる、今の日本でも珍しくない現代的な女性像がそこにあった。租界の西欧文化と個人主義的な生活感から、伝統的な大家族制度と儒教思想に縛られた中国社会を醒めた目で描き出す彼女の文学は、政治や伝統とも切り離された、今まで中国にない新しいタイプの文学だったのだ。思想統制の厳しい共産党からすれば、国民党傀儡政府高官と寝たり愛情を感じたりする物語など、言語道断なことだったろう。しかしいかなる道徳や思想とも無縁で、良きも悪しきも批判すること無しに在るがままクールに描き出す張愛玲の文章は、台湾や香港で熱烈なファンを生み出した。

 1942年上海に戻った張愛玲は、静安寺近くの高級アパートに住み、当初はXXth Century などの英文の雑誌や新聞に英文の記事を投稿した。聖マリア女学校や香港大学で培った彼女の優れた英語力が遺憾なく発揮された。1944年から1年半ほどの間、国民党行政院法制局長や中央委員を勤めた14歳年上の胡蘭成と愛人関係を経て結婚生活をする。

 やがて中文で書いた「沈香屑―第一炉香」が人気となり、1944年~45年にかけて矢継ぎ早に小説や評論を発表して、一気に人気作家の頂点に上りつめる。これら短編、中篇小説集10編は、「伝奇」に纏められ出版された。

 共産中国が成立すると、政治体制が彼女の性格に合わないことからか香港に出国し、更に1955年アメリカに移住する。依然文筆活動は続けたが、余り華々しい成果は得られなかった。やがて31歳年上のドイツ系アメリカ人・Ferdinand Reyher と再婚。彼が亡くなると、人との接触を避けで一人孤独な生活を続け、1995年ロスアンゼルスのアパートで亡くなった。享年75歳、死後1週間程度経ってからアパートの管理人により発見されたという。死因は拒食症による衰弱死であった。哀れな張愛玲は、豊かな才能に恵まれながら、本当は母と父を慕って、満たされない孤独な幼年時代を一生引きづって生きたのだ。

常徳公寓(旧愛林登公寓)

 彼女が住んだ高級アパート・愛林登公寓(Eddington House)は、今も常徳公寓の名で常徳路195号(南京西路から常徳路に入ってすぐ)に残されている。上海万博の為か、2010年には外壁がきれいに塗り替えられて、元の美しい姿をよみがえらせた。すぐ後ろに Swissotel が出来たことで、付近の様子は一新した。ホテルの営業マネージャーに、前のアパートにかつて住んでいた張愛玲を知っているかと訊くと、張愛玲とは誰かと返事が返ってきた。

常徳公寓(愛林登公寓表示)

 ここは元来張愛玲の伯母のアパートだったが、香港から戻った愛玲が転がり込んで、幾編かの本をここで書いた。1936年竣工。中央部分には幅広い垂直の線が走り、その両側に長いバルコニーが水平に延びている。上層階の左右両端の部屋は、コーナーが三角のガラス窓になった豪華な部屋で、大きな居間とモダンな暖炉、壁にはめ込み式の大きな衣裳部屋やクロゼットがあり、寝室毎に大きな浴室を備えていた。全室に大きなバルコニーかテラス、或いは両方を備えている。また建物の裏側には、全棟に達するサービス用の廊下があった。

常徳公寓(旧愛林登公寓)

 部屋の特色は、各部屋がデュープレックスの2階立て構造になっており、下階は上階に達する高い天井を供えた居間で、階段を上がると上階には、Master Room とMaster Bedroom, 下階を見下ろす小さなバルコニーと外のバルコニーへの出口がある。下階には居間の他に、上階へ上がる階段下の扉を開けるとそこはキッチンとなっていた。更に階段下に小さな寝室も備えていた。なんとも豪華なアパートだったのだ。今は多くの住人が住んでいるところから、内部がどの様に改築されているか分からない。

76号跡美術・職業学校看板

 汪兆銘政府の特務機関・ジェスフィールド76号は、今の万航渡路435号にあった。日本の特務機関の支援を受け、1939年以降抗日派への凄惨なテロや破壊活動を行った。一度ここに連行された者は、二度と出てくることはなかったと恐れられたのだ。一方重慶の蒋介石政権の特務機関・藍衣社とは、血で血を洗う殺し合いを繰り広げた。マフィア同士の抗争さながら、白昼堂々と街中で銃撃戦が始まることも珍しくなかった。

76号跡美術・職業学校

 上海歴史ガイドマップによれば、煉瓦建ての灰黒色の建物が2棟残っていたそうだが、2008年ごろ私が行った時には古い建物は全て取り壊され、逸夫職業技術学校と華山業余美術学校になっていた。広い校庭とそれを囲む明るい教室には、かつての陰惨な歴史を感じさせるものは何も残されていなかった。校庭で会った管理人に確かめると、“確かにここは76号のあった所だと聞いているが、もう遠い過去のことだよ”と明るい声が返ってきた。血に染まった暗い歴史も、既に辿るすべもない遠い記録の中に霞んでしまっていたのだ。

湯唯

 「ラスト・コーション」を見た翌日のテレビニュースで、中国政府が主演女優・湯唯を締め出し、中国内での一切の活動を禁止する決定をしたと報じていた。何ともお気の毒に、あのベッドシーンが災いしたのに違いない。すると我々夫婦は、最もホットな映画を見たことになるのだ。

 そこで、或るとき上海の友人に、“「ラスト・コーション」はお堅い中国では見られないで、残念ですね”と言うと、“何を言っているの!夜店に行ってご覧よ。香港辺りから入ってくるノーカット版が10元もしないで、いくらでも買えるから。”
いぁー、これだから中国人には敵わない。

張愛玲の本

 張愛玲の文学については、東方書店から2011年に池上貞子氏著の「張愛玲・愛と生の文学」が出たので、興味のある方はご覧下さい。

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